技術的チャンスを見抜く彼の眼識によって、京セラはアメリカ市場に堂々と割込む唯一の日本企業になりました。
彼の媒体はタンディ100とNECポータブル・コンピューターでした。
「インフォワールド」
誌で1983年最高の製品となったこのタンディは、低価格の卓上サイズのポータブル、重量3・5ポンドの機械で、8行の液晶ディスプレー装置と電話回線によるデータの送受信用の変・復調装置を搭載しています。
作家や新聞記者に人気のあるこの機器は、重そうに持ち運ぶのではなく本当の意味でのポータブル・コンピューターです。
NECの機器はタンディに似ているが、記憶容量が大きく、変・復調装置はついていません。
この二つの京セラの製品が1980年代のパーソナル・コンピューターの発展の方向を決めたのです。