稲盛はいつもこう答えています。
「新しい技術はどれも同じだ。自分で市場を作り出さなければいけない」
しかし、稲盛の会社の主要製品は絶縁碍子で、この製品によって、1979年に日本最山局の経営実績をあげた会社として、京セラは国中の新聞のスポットライトを浴びました。
砂と泥を産萎源に変身させた近代錬金術の二つの大きな業績をあわせて、稲盛は最も密度が高く、応力に強い半導体チップで市場の80パーセントを獲得しています。
10億ドル近い会社のこうした土台から、稲盛は1980年代初めに、すでに過密状態になっているパーソナル・コンピューターの世界に参入しました。
これもまた稲盛の愚行とみられました。