カーネギー
革命と戦争により絶対王政の崩壊するヨーロッパ、とくに産業革命が進行するなかで、穀物の輸入自由化、相次ぐ飢饅に直面したイギリスからは、1845年から50年の5年間だけで130万人の難民が、追われるようにして故郷をあとに新天地をめざしました。
その130万人の移民の1人として、13歳のアンドルー・カーネギー少年は、港まで送りにきた伯父と離れることができず、衛兵に小突かれながら、父母、幼い弟妹とともに船の中に押し込まれました。
この少年がやがて世界の鉄鋼王となり、引退後は3億5000万ドルという私財を惜し気もなく慈善事業に投ずる大立者になったのです。